別れのじかん

死のおそれから 心をそっと抱きしめるブログ



死を願う気持ちが浮かんでしまうんだ :: 2018/11/01(Thu)

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*初めての方はまずこちらをお読みください*

はじめまして


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大切な人を
失うのはもちろんのこと、


大切な人を
看取るまでの時間にも、
想像以上の苦しみがあります。


感受性が強い人にとっては
より一層苦しいものです。



怖くて


切なくて


悲しくて


不安でいっぱいで


どうしたら良いか
分からなくて


情けなくて


悔しくて


ありとあらゆる感情が
これでもかというほど
せり上がる日々に。


さらにそこに
ある時から


とても理解しがたい感情が
加わり始めます。


その感情は
「まるで死を願っている」かのようで
今度は自己嫌悪に
陥るようになるものです。





私の場合。


もじゃの介護で、


たとえば
薬を追加で買う時などに


ふと


「どうせ死ぬんだから
もう薬要らないじゃん…」


と、
なんとも薄情な考えが
浮かぶようになりました^^


「1秒でも長く生きてほしい」


そう心から
願っているのに。


「早く終わってほしい」


という思いも
生まれるのです。




少し容態が良い日には、
うれしさをかき消すかのように


「まだ生きるつもりなの?」


「一体いつまで続くの?」


そんな迷惑にも似た気持ちが
度々浮かぶようになっていきました。




がんばって生きている姿に
感動しつつも


「どうせ死ぬなら
早く死んだ方が楽だろうに」


そんな風に考えては
自己嫌悪でいっぱいになる日々でもありました^^





こと感受性が強い人は
こんな風になりがちなのです。


本来のやさしい気持ちと
思いがけない残酷な気持ちとの
振れ幅が大きくて、
自分に面食らうものです^^





私はその後
ますます気持ちが荒んでいき


もじゃに向かって

「早く死んじゃえ!」

って怒鳴ったり、


「ぽてが代わりに
死んだ方がいいのに!」


と当たり散らしたりで



こうなるともう


自己嫌悪も
自分史上最上級で(T_T)


そうして
ついには


「私が死んだ方がマシ!!!」


と泣き喚いて暴れるなんてことが
増えるようになっていきました。


いつもいつも
いろんな気持ちに
押しつぶされそうで


もういっぱいいっぱいで
泣いてばかりで
ほんと苦しかったな^^





どんなに愛していても


どんなにその命を
大切に思っていても


人は、
こんな一見残酷な
感情を持つようになるもの。


でもそれは決して
おかしいことではありません^^


そこには
大切な大切な
理由がちゃんとあるのに


その意味を
正しく理解できていないだけ。



私も渦中にいる時は
分からなかったけれど^^


今はみなさんに
伝えることができます♪




そのからくりについては
次の記事で綴りますね^^


続き更新しました!

死を願う気持ちのほんとうの意味



〜 ぜひ合わせて読んでみてね! 〜


感受性の明と暗

困難が人一倍苦しいのは



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  1. 死を願う気持ち
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