別れのじかん

死のおそれから 心をそっと抱きしめるブログ



ご飯が食べられなくてかわいそう… :: 2018/05/29(Tue)

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Photo by hiyoko


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*初めての方はまずこちらをお読みください*

はじめまして


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大切な人が
食事ができなくなってしまうと。


「食べたいだろうに…」

「食べるの大好きだから、
つらいだろうな…」


そんな風に
私たちは心を痛めます。


お別れした後も
そのことを
ずっとずっと気にしてしまいます^^





それに対して
亡くなった人たちは皆

「体調悪いから、
食欲もわかなかったよ。
だから全然心配しなくていいよ♪」

と、クスッと笑ってくれるのです(^^)b



私たちの心配する様子に

「そりゃそうだ、
そんなふうに心配するよね!
ありがとね!」

って、
とてもうれしそうに
してくれているものです^^







もじゃは
尿毒症による食欲廃絶後、
点滴と強制給餌をやるようになったら、
ほんのほんの少しだけだけど
ご飯を食べるようになりました。


たった一粒を
口に入れて
食べようとする


それだけのことが
私たちは
本当に本当に
うれしかったものです^^




先日そのことを
もじゃに聞いてみたのです。


「あの時、
どうしてご飯食べるようになったの?
無理させちゃった?」と。


すると、


「おいしそうなのがいっぱいあったから!」

って、目をキラキラさせて
食いしん坊回答でした!笑


そうかそうか♪
元気な時はずっと
カリカリご飯2種類だけだったからね(^m^)


食べれなくなってからは、
ひょっとしたら
食べられるものがあるかもしれないと
藁にもすがる思いで
色んなフードをあげたんだよね^^


それこそ
市販のフードの全てを試したなあ^^




「でも、ほとんど食べれなかったじゃない?
悲しかった?」


と続けると、


悲しいってなあに?って顔で
首を傾げながら


「おくちにいれても、
じょうずにたべれなかったの。
おかしいなーっておもった」


自分に起きていることが
不思議だなあ???
といった様子でした。


もう体が
食事を受け付けないということは、
死へのやさしい流れなんだなあと
ちょっぴり目が潤んでしまいました^^


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もじゃに続けて訊ねました。


mifocco「そんなんでも、
よく食べようとしたね。どうして?」




すると、
楽しそうに答えてくれました。




もじゃ「みほたちがうれしいってするから
うれしかったの^^」


mifocco「そうか〜、私たちのために
がんばってくれたんだね〜^^」


もじゃ「うん!そうなの。うれしい?^^」


mifocco「うん、すっごくうれしいよ!ありがとね!!」


もじゃ「♡♡♡♡」(←うれしそうにうねうね。笑)







旅立つ準備ができた体で
それでも生きようとする人がいます。



もう少し
愛を伝えたいから。


もう少し
感謝を伝えたいから。


もう少し
みんなを感じていたいから。


もう少し
生きるよろこびを感じていたいから。


残していく人たちを
安心させてあげるためにも
もう少しだけ


みんなのタイミングが整うまで
もう少しだけ・・・・



そこには
ひとりひとりの理由があります。


そして、その全てに
「これでいいんだよ♪」と
伝えたい思いもあるのです。


--

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もうひとがんばりしよう!と
数日延泊したり、

根性で長い時間
がんばってくれる人もいれば。


反対に、


ひとがんばりしないで
「さいならー♪」と
さくっと逝く人もいます。
(母てる子がそうでした^^)


去り方にも
去るタイミングにも
それぞれの思いと
その人らしさがあって。


どれも
残される人たちのことも
とてもとても大切に思っていて。


どんな去り方でも

どんなタイミングでも

「これでいいんだよ♪」が
込められているものなのです^^





だのに、
残された私たちはついつい

「私たちが心配で、
苦しいのにがんばらせてしまったのでは?」

なんて自責ループに入りがち、ですよね?(^^)b




そんな時は


こう思ってあげてほしいのです。


本人の意思が
「そうしたかった」
ということ。


本人が
最善を尽くした上での
タイミングであり
結果だった、ということ。


「本人の最善で、望み通りの結果だった」と
受け取って讃えてあげることが、
残された私たちにできる
最高の供養だと思うのです^^


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だから。


「私のためにがんばってくれてありがとう!」

って
いってあげましょう^^


「それでよかったよ!
最高の逝き方だったね!
あなたらしくて好きよ」

って
笑顔で愛を伝えてあげましょう(^^)b





折に触れて
色んな思いが溢れては
切なくなることが
たくさんあると思います。


そんな時はいくらでも
さみしいな…って
しょんぼり偲んでくださいね。




その後は。


さあ、上を向いて♪


「あなたらしい逝き方だったって誇りに思うね^^
さすがだよ!ってよろこぶね。
だから、もう心配しないで大丈夫よ^^」

って伝えて
安心させてあげましょうか♪


大切なあなたに
そうやってねぎらわれたら、
人生の最後のがんばりが報われて、
どんなにうれしいことでしょう♪




そうしたらもう一度
今度はこう訊ねてみてください。


「どう?私、強くなったでしょう?うれしい?」

って^^



なんだかジーンとして
うれしさが
胸に溢れてくることと思います♪


「つながってる」
「一緒なんだ」

って
きっと実感できるはず(^^)b





自責から解き放たれて
想い合う気持ちが
一致した時。


胸に広がるそのやさしさは
相手を感じている証なのです^^







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