別れのじかん

死のおそれから 心をそっと抱きしめるブログ



「ある」と「ない」とで変化する気持ち :: 2018/04/25(Wed)

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Photo by hiyoko


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*初めての方はまずこちらをお読みください*

はじめまして


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ふと。


「ない」に焦点が当たると
胸がぎゅうっと締めつけられる。


以前は「あった」ものが
今ここにはもう「ない」ことに


心が苦しくなって
切ない涙がこみあげてくる。




そうやって
しょぼんとした後は


今は「ない」けれども、
たしかに「あった」ぬくもりに
思いを馳せる。




そうすると


楽しくて幸せな思い出が
たくさん「ある」ことに、
思わず頬がゆるむ。


「なくなった」ことを悲しみ、
そしてまた
「あった」ことを思い出しては
やさしい涙をこぼす。


癒しの過程は
それの繰り返し^^





そして
いつもこう思う。


「たしかにあった」
そのぬくもりとよろこびを
知り得た自分は


やっぱりこの上ない
幸せ者だな、と^^







同じ回想でも。


「ない」ことを思うと
胸のまん中が痛くなり


「ある」ことを思うと
あたたかさでいっぱいになる。


これって、
自分の立ち位置は同じままで、
左を見るか
右を見るか
それくらいの違いしかない。


左側の「ない世界」を見ることを選ぶか
右側の「ある世界」を見ることを選ぶか


ただその程度の
視線の向け方の違いしかないのに、
感じ方がまるで変わるから
面白いなあと思う^^







愛しい存在と共に過ごした
かけがえのない時間が
「あった」ことは


存在が「なくなって」も
その真実はずっと変わらず
「あり」続ける。


いつの日か、
この星の旅を終えて
魂のふるさとへと戻った時に。


ふたたび出会い
共に「ある」日々が
またやってくる。


きっとこの
束の間の「ない」感覚も、
再会をより感動的にしてくれるだろう。


だから
「ない」苦しみを
なくそうとしなくていいし。


「ない」切なさも
大事にしてもいいのだと思う。





でもやっぱり。


「ない」ばかりでは
胸の奥が苦しいから


「ある」と「あった」の幸せな記憶に
光を当てていきたいと思う。


愛しい存在の「あった」証は
とてもあたたかくて幸せだから。


私はそのぬくもりに
ずっとずっと
包まれていたいのです^^









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