別れのじかん

死のおそれから 心をそっと抱きしめるブログ



遺体が怖い :: 2017/08/30(Wed)

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Photo by hiyoko



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*初めての方はまずこちらをお読みください*

はじめまして


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早朝、もじゃが息を引き取った後。


ダーリンは仕事へとでかけました。


「とりあえず現場に行って、すぐ戻ってくるから。
大丈夫かな?」


「うん、大丈夫。。。。
でも、できるだけ早く帰ってきてね(T T)」


と見送りました。





カゴに寝かせたもじゃは。


さっきまであたたかくて
やわやわだったのに。


どんどん冷たく固くなっていって。


私は、急に怖くなってしまいました。


ぽてはいるけど、
ひとりぽっちな気がして、、、、


ダーリンが出かけて
まだ20分ほどしか経ってないのに
「もう帰ってくる?」
って電話をかけました。笑





じつは、私は、遺体が怖いのです。


魂が抜けたらもう別物のようで
不安でいっぱいになるのです。


こんなにも愛しているのに。


魂があるかないかの違いしかなくて
愛した姿そのままなのに。


私は、怖く感じてしまうのです。




そんな私は。


多くの人が
大切な存在の遺体を
「生前と変わらず愛おしい」
と言うのを聞くたびに。


自分は冷たいのかな?
と思ってきたものです。




私は、母の遺体も怖かったです。


お母さんだけど、お母さんじゃない!って
頭がとても混乱しました。


でも、怖いなんて、
決して口には出せませんでした。




父はというと、、、、


もうだいぶ忘れちゃったけど、笑
やはり怖かったはず。


あんまり見れなかったから。





でも、きっと。


もじゃは違うと思っていたのです。


もじゃは、私たちの子供で、
どんな姿でも大切に思えるはず。




そう思っていたのだけれど。


ひとりで部屋に残された時。


とても心細くて、
怖さがせり上がってきて。




私って、
わが子の姿も愛せないの?


もう、もじゃじゃないって
思ってるってこと?


ひどいなぁ、
私は、愛が足りないのかな…?


と、がっかりしてしまいました。





その後も、怖くなるたびに
ダーリンに電話せずにはいられなくて。


20〜30分おきにかけては(みじかっ!笑)

「まだ?」

「あと何分で帰ってくる?」

と、すがりまくりでした^^




ダーリンはその度に、

「すぐ終わらせて帰るからね」

「もう少しだから、がんばって」

と、根気づよく付き合ってくれました。


ようやく戻ってきてくれた時には
心底ほっとしましたねえ^^






ダーリンは、
帰るとすぐに、もじゃの傍らに座り
もじゃを、やさしくやさしくなでました。


私は、ダーリンに隠れるようにして
もじゃを見つめ。


おそるおそる
なでることはできましたが。


もうその頃には
もじゃはすっかり固くなっていたので。


ダーリンにしがみついて
怖い!イヤだ!もじゃじゃない!と
泣きじゃくってしまいました。





それから、しばらくして、
訃報を送った友達が
仕事をサボってかけつけてくれて。


彼女は、家にあがるやいなや、
もじゃをたくたんたくさんなでながら


「もじゃ、えらかった。がんばったね!」って
まるで、もじゃが生きているかのように
話しかけてくれました。


「自分の子でもないのに、怖くないのかな?」と
内心不思議に思いつつ。


私も、友達の横に座って
一緒になってもじゃをなでてみると。


涙が、後から後からこぼれ落ちてきて。


ありがとう^^楽しかったね^^
もじゃのおかげでほんと幸せだったよ^^


って言葉が、自然とあふれてきて。


いつもと同じように
なでてあげられるようになっていました。




もじゃに、無心で話しかけ
なでなでなでなでしていると。


すう…っと
怖さが消えていくのを感じました。


そして、入れ替わるようにして
穏やかさが心を満たしていきました。







遺体に対して、
愛しく思うのも
怖いと思うのも
他の気持ちを抱くのも。


また、遺体に限らず、
物事に対しての気持ちには、
人の数だけ価値観があるから
感じ方だって色々あるものです。


そこには、
これが正しいとか
それは間違ってるとか
本来はありません。




でも。




私はこう思う。


人とはちがう。


ただそれだけでいいのに。


そう思った自分を
そんな自分の人間性を
「自分自身が疑ってしまうこと」が
きっと苦しみを生むのでしょう。




私は、人とはちがうことを、
あるいは、世間の常識や理想とちがうことを。


「自分はまちがいを犯しているのだ」と
無意識に自分を裁き、
人や常識や理想に合わせようとして
長いこと生きてきたのです。





今では、
物事に対する自分の気持ちを。


他と違うからと自分を否定し、
その感情にバツをつけることなく。


人とは異なるけど
「私はこう思うんだ」って心に対して、
「そっか^^」って理解してあげたなら。


心は平和でいられる事を知っています。


それでも、今回のように
懲りずにくり返すことも多々あります(^m^)




自分の気持ちを
いつも肯定して応援してあげるのは
なかなかに難しいものだけれど。


それだからこそ、やはり、
挑戦しつづけたいと思うのです^^


挑戦しがいのあることだし
それだけ大事にしたい自分のことだから^^





〜 < だから遺体が怖かったんだ >に続きます 〜

次回は、遺体の怖さの理由を
違った角度から見てみますよ(^^)b





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