別れのじかん

死のおそれから 心をそっと抱きしめるブログ



「もうがんばらなくていいんだよ」 :: 2019/12/25(Wed)



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はじめまして


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どうか


どうか


少しでも


1秒でも長く


ぽてと一緒に
いられますように・・・・


そう願っていたけれど。


その願いはいつしか
まるで違うものへと
変わっていました。




「少しでも長く
そばにいてほしい」


そんな「私の」望みよりも。


もっともっと
大切にしたいものに
気づけたから。




それは


ぽてを守りたい気持ちでした^^





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↑近所の大銀杏。今年も立派に色付いて楽しませてくれました♪






はじめの頃の


「私が」悲しみたくないから、
どうか死なないで。。。。


という思いは、



「私は悲しくてもいいから


「ぽてが」苦しくないように
好きな時に逝くんだよ」


という思いに
すっかり変わったのです。




たとえ


一緒にいられる時間が
短くなっても


それでもいい


ぽての体が
少しでも早く
苦痛から解放されるのなら


悲しくってもいい


寂しくったっていい



だから



私たちのことはいいから


気にしなくていいから


心配しなくて大丈夫だから



ぽてが好きなように
していいからね


苦しいのは
もう我慢しなくていいんだよ



と、


にこにこしながら
何度も何度も
伝えたものでした。


まるで
死を祝福すら
しているかのようでしょう?^^


といっても、
いつもこんなに
カッコよさげな時ばかりではなくて、


いやだ!死なないで!
怖い!耐えられない!!と
大騒ぎするときも
たくさんありましたとも(^m^)





だけれども。


色んな気持ちが
入り乱れた終末期に。


本当の意味で(魂の視点で)
ぽての事を守りたいという
気持ちが持てたことで、


ぽてとの別れを
受け入れるのも


そして


見送った後に
立ち直るのも


私たちは
とても早かったのです^^





「私が悲しみたくないから」


から


「ぽてが望むように」



その視点になることで、
自我の感じる苦しさの質は
大いに変化するものなのです^^





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↑少し車を走らせたらこんな景色に出会えます。埼玉ののどかさが大好きです♪






もじゃの時はね、
この境地は
ほんのわずかな期間だったな〜^^


* その時の記事↓

もっともっと目の前にあるものを愛おしめばよかったな





でも。


もじゃの時に
体験していたおかげで(^^)b




ぽての時はうんと早くに
この境地に至れたのと


思っていた以上に
ぽてに体力があったことと


ぽての意思が
そうしたかったのとが合わさって、


悪い病状でありながらも
とても長くいてくれて


やさしくて
愛しい愛しい濃密な時間を
たっぷり過ごすことができました^^







〜 続きはこちら 〜

死別の悲しみにも幸せの証をみつけるよ




* 関連の記事です。ぜひ読んでみてね!


死を願う気持ちのほんとうの意味

旅立つ人からの贈り物

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  1. 死を願う気持ち
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「死ね!」って言われても、本心はちゃんと分かってるから :: 2019/02/04(Mon)

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死を願う気持ちのほんとうの意味 >の続きです。


--




介護の日々は、
張り詰めてばかりで


とうとう
余裕がなくなってしまい


「もう死んじゃえ!!!」と
怒鳴り散らすようになった
あの頃の私のことを(^^;)


天国のもじゃさんに
どう思ったか聞いてみました。


--

* そのエピソードはこちら。
ヒステリック度
5割減で書いてます!笑

ごめんね、上手にできなくて

--





「死ね!って怒鳴られて
怖かったでしょう?
ほんとごめんね(>_<)
あの時どんな気持ちだった?」


すると
もじゃは
間髪入れず


「え?しんでいいの?っておもったよ」


と、ニッコニコで
答えてくれました。




mifocco「あら?!
なんかうれしそうだけど?
どういうこと???」


もじゃ「みほ かなしいかなしいってしてた
だからもじゃさん
みほのそばに いてあげようとおもったの

でも みほ
しんでいいっていったから
よかった
みほ だいじょうぶになったっておもったよ」





もじゃは、
母が亡くなって
間もないタイミングで
天国に旅立つ予定だったのが、
予定変更して少しだけ
長生きしてくれています^^


--

* そのエピソードはこちら

もっと○○していたら、長生きできたのではないだろうか?

* こちらの記事もぜひ読んでみて!

ご飯が食べられなくてかわいそう

--



初めてもじゃの気持ちを
聞いたとき、


やっぱり私の心の傷を思って
がんばって延泊してくれてたんだと、
申し訳ない気持ちがちょっぴりと、
ありがたい気持ちが
たくさんたくさんあふれました^^





あの頃。


私の口から
「死ね」という言葉が
出るようになったことで。


もじゃは、


あらゆる気持ちが
噴出するようになった私のことを
すべてを受け入れ始めたと
理解したようなのです^^


そうなるまでの私は。


ずっとずっと
ぐるぐると思考を巡らせて、


いい飼い主として
いいお母さんとして、
ポジティブでいよう!
明るくいよう!
そつなくやろう!
がんばろう!と
努めていました。


「奇跡が起きると信じる!」

「笑顔でいてあげよう」

「もじゃのためならなんだってする」

って。




でもそれは


胸の奥にある
様々な感情


怖い、不安、無理、
いやだ、もうできない
逃げたい、、、、、


そういった
「人間としてのまっとうな恐れの感情」に、
蓋をしていたということでもありました。




究極に苦しくなって初めて、
黒い気持ちが爆発し
泣き喚き暴れるようになった私。。。


つまり
それまでは


心を無視して
「理想の私」を
演じようとしていたということ。




そんな私がようやく
「死ね!」って
怒鳴るようになったのは


ちゃんと
人間らしい感情を
外に出せたということなのです。


とてもいびつで
衝動的な形では
あったけれどね(^m^)




だからもじゃは、


「あ、みほが
ちゃんと人間らしく
恐れを吐き出し
感情を表現し始めた♪」


って
うれしく思ってくれたのです。


どんな感情を出しても、
どんなにダメで
ひどい自分を出しても、


周りに受け止めてもらい
そして
許される体験をして


自分の全てを受け入れる
癒しの過程にある


と、
もじゃはちゃんと
理解してくれてたのです^^




あのヒステリー事件を 笑
回想する度に


「ああよかった
これでみほもだいじょうぶ」


と、
もじゃのほっとした気持ちが
伝わってくるのが、
とてもとても
あったかいのです^^





長い間
あの頃の様子を。。。


ヒステリックに大声をあげ
エサをひっくり返すと


もじゃが
おびえた顔をして
オロオロヨタヨタと逃げようとする


そんな姿を
繰り返し再生しては
ずっとずっと苦しかった。。。


その度に自分のことを
責めずにはいられなかった。


今だって
もじゃのあの姿に焦点を当てると
胸が痛みます。。。。




けれども。


もじゃが

「え?しんでいいの?っておもったよ」

って楽しそうに
伝えてくれるから、


聞くたびに
ニコニコで
教えてくれるから。


自分を責めるのは
もうやめてあげなきゃなと
思うのです。


じゃなきゃ、
もじゃの気持ちが
あまりにももったいないもの^^


こんなにも私のことを
理解して受け入れてくれて
いつだって
許し続けてくれているんだもの。






ひどいことをしても、
ひどいことをいっても、


魂はちゃんと
本心を理解しています。


人間の頭では
ただただ痛みとして
感じられるようなことでも


魂にとっては
人間らしい素晴らしい体験
としか見えていないもの(^^)b


魂の真実を知ると
全てが愛として理解できて
とても心が和らぐものです^^





だから、



もしあなたが
私と同じように


大切な誰かに
とてもひどいことをしてしまったと
後悔していたとしても。



魂の世界では


誰も何にも
問題視していないし、
誰も責めてはいません^^


どんなに自分のことを
ひどいやつ!
こんな自分はイヤだ!
と思っていようとも


本質の私たちは
「ああ、人ってほんと素敵だな」
としみじみ愛でているのです^^




あなたが苦しみを再生し
見ているものは、
頭の思考が生み出した
幻想にすぎません。


魂の世界が真実ということ。


そして


いつでも魂の視点で
リラックスして
生きていいということを


心の片隅に
置いておいてもらえたらいいなあと
思っています^^







--



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  1. 死を願う気持ち
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死を願う気持ちのほんとうの意味 :: 2018/12/12(Wed)

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死を願う気持ちが浮かんでしまうんだ >の続きです。



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相手のことが
大切で大切でたまらないのに、


まるでその死を願うかのような
黒い気持ちが生まれると


自分にびっくりして
自己嫌悪すら感じるもの。





死が目前に迫ると、


まずは
頭の中が絶望でいっぱいになって
心もひどくショックを受けます。


そんな状態で
不慣れな介護や看護に
無我夢中で取り組むわけです。


すると
あっという間に
心身ともに疲れて
エネルギー不足となっていきます。


過去や未来を嘆き悲しみ
ぐるぐるぐるぐる考えることも
とてもとてもエネルギーを消耗するものです。


その上、
過度の緊張から
呼吸も浅くなり
眠れなくなり
食事ものどを通らないように。。。。





だけれども。


人には
生存本能があります。


ずっと張り詰めた状態でいたら
体を壊すのは明らかです。


自分の命が
危うくなります。




だから


自分が生き抜くための機能として、
本能が体を守るために
「死もあり」
という意識を
届けてくれるのです。



つまり

「私、死を願っているの?」

というのは勘違いで、



「死を受け入れようとしている」

ということ(^^)b




生存本能の働きが
自分を守ってくれているのです^^


「死があってもいい」

「死は自然なこと。
生きることの一部」

という
潜在意識からくる
感覚の表れなのです^^



魂からの

「死は悲劇ではない」

という記憶も
ちゃんと伝わってきているということ(^^)b





私の心に浮かんできた


「どうせ死ぬんだから
もう薬要らないじゃん…」


「いい加減早く終わってほしい」


「まだ生きるつもりなの?」


「一体いつまで続くの?」



これらの本音を
正しく訳すと、



「死を受け入れよう」


という思いであり


「もう大変な思いをしなくてもいいよ」


と、
相手にも自分にも
許しを与えているということ^^




だから、
冷たい考えが浮かんでも、
全然あなたは
おかしくないのです(^^)b


人はそうそう
死を突きつけられることや
そんな思いが浮かぶことなんて
体験することがないから、
自分にびっくりして当然^^


だからね。


思いがけず
驚くような気持ちが
浮かんだとしても


「私ひどい!」


なんて
自分をなじる必要はありませぬぞ^^




今度
自分の思いに
苦しくなってしまったら、


おでこに手を当てて
目を閉じて
ゆ〜〜〜っくり息をしながら


「ああ。こんな風に感じるんだな」


「こんな風にして
受け入れようとしているんだな」


って
自分の気持ちを
やさしく眺めてあげましょう^^




「わけが分からない中
必死にがんばってて
とっても健気だな〜」


「そんな自分を
責めるべきことなんか
ひとつもないなあ」


って
よしよし〜って気持ちで
俯瞰してみてください^^




どんなに苦しい
状況であっても、


あなたの本質は
目を細めて


やさしいやさしい気持ちで
感謝いっぱいに
あなたのことを
見つめてくれているものです^^


その感覚が
じわじわと
満ちてくることと思います^^





そんな風に
必死になれる相手と
巡り会えたこと


だからこそ
沸き起こる感情を
知れたこと。


自分に起きていることは
不幸なことでは決してなくて


かけがえのない
宝石のような体験そのもの^^




いつかあなたにも
心からそう思える日が


きっときっと
やってくるはずです^^





--


もじゃに
「死ね!って言ったときどう思った?」と
たずねてみた時のお話を
次回書いてみようと思います。
お楽しみに〜^^


↓続き更新しました♪

「死ね!」って言われても、本心はちゃんと分かってるから



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