別れのじかん

死のおそれから 心をそっと抱きしめるブログ



この世を去るときの気持ち :: 2018/10/19(Fri)

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*初めての方はまずこちらをお読みください*

はじめまして


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もし


私が今


この世を
去ることになったら




きっとこんな気持ちに
なることだろう



「ああ!
楽しかったなあ


よく遊んだー


よく生きたー


よくがんばったーー」



と、


胸いっぱいの
よろこびとともに
にこにこと
旅立つのだと思う





いちばんの感慨は


人に恵まれたこと


人をたくさん愛したこと


人からたくさん愛してもらったこと^^





それから


いちばんの思い出として
浮かぶのは


母が事故で
この世を去ったことと


ほどなくして
もじゃを必死に
介護して
見送った


苦しくてたまらなかった
あの日々だと思う





あの日々を
私はきっとこんな風に
振り返るのだ



「ああ、あの頃は
ほんとよくがんばったなあ


なんて素晴らしい
思い出なのだろう


かけがえのない
体験だったな


ほんとにほんとに
ありがたいな」



と。。。。





そう考えると


先に天国に
帰っていった人たちも


みんな同じなんだろうな^^





母の大変だった人生は



「どうしてこんな
苦労ばかりの人生だったのか…」



などでは決してなくて



「波乱万丈なわが人生!
めちゃくちゃ楽しかった!
あっぱれ私!!」



だったはず^^





たとえば
病気で苦しい思いをして
亡くなった人は



「はああ〜よくがんばった〜


私えらーい!


みんなもえらーい!


素晴らしい思い出を
ありがとう!!」



と思うことだろう^^





だから


無念なのでは?
なんて心配は
いらないのだ^^





この世で過ごした
時間のすべてが
宝石のように映り


とくに
しんどかった日々は
ひときわ輝いて
見えることだろう





残された私たちが
「かわいそう目線」で見るのは
へんてこりんな話なのだ



「素晴らしい人生だった!」



と思っている人に



「なんて気の毒な・・・・」



っていっているようなものだもの^^



気の毒がるのは
自分が自分を
責めたいからなだけ





だから
本当に故人を想うのなら


「面白い人生だったって
思ってるんだろうな^^」


とほほえんであげることだと思う





そうやって
よろこんであげてから



「よかった


でも会いたいよ」



って伝えたい^^









〜 ぜひ合わせてお読みください 〜



*母の波乱万丈エピソード

もう一度、お母さんのもとへ


*苦労したのに、大変明るい母でした^^

愉快な魂



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  1. 別れの心得
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もっともっと目の前にあるものを愛おしめばよかったな :: 2017/12/22(Fri)

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Photo by hiyoko



〜 追記 〜

今回の記事は、
文の途中に「参考記事」を掲載しています。

参考記事の紹介が入ったことで
「文章が終わったと思って、
続きに気がつかない人がいるかも」と
アドバイスをいただきました。

わあ!たしかに、ありうるー!Σ(゚Θ゚)
変化球ごめんなさいー!!

教えてくださったみなさん、ありがとうございます!
色々試行錯誤しているところです^^
今後も何か気がついたことがあったら
気軽に教えてくださいねー♡



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はじめまして


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もじゃが亡くなって
半年が過ぎました。


今の気持ちは
ずいぶんシンプルになりました^^




介護中の、
責任の重さや
現状と延命に対する自責
様々な苦悩、不安、無力感、無価値感、、、、


そういった苦しみから
解き放たれた今は。




悲しい、寂しい、会いたい、、、


そんな切なさ、恋しさと。




ああ、ほんと幸せだったなあ


と、胸があったかくなる思いが
ほとんどになりました^^





でも、やっぱり、時々は。


苦しかっただろうなあ…とか
ああすればよかった…とか
なんでもっとこうしなかったのか…とか
罪悪感や痛みを感じることもあります。


そんな時は
胸がぎゅん!!となって
しゅーん…としてしまうものですねえ^^




でも、私は知っています。


これは、
「頭」の思考だってことを(^^)b


頭さんは、
自責スイッチを入れて
自責ネタを探し出すのが
もはや仕事みたいなもの(^m^)


心(魂)の望みとは真逆の所へ
悶々と思考できるダメ出しネタを取りに行くのが
大の得意なのです!笑




自責ループやクヨクヨやネガティブから
早く抜け出すには。


時間を決めて
しっかり「シュ〜〜〜〜ン…」を
味わうのがおすすめです(^^)b


ネガティブな気持ちも
ちゃんと向かい合ってあげると
頭さんも納得するので、
比較的短時間で切り替えることができますよ♪



--

参考記事

ニュートラルな気持ちを取り戻すコツ

--




頭は常に思考しているもの。


どうせ思考するなら、私は
こんな風に回想するのが好きです。


「もじゃも、私も、ダーリンも、ぽても
ほんとみんながんばったよなあ」って^^

(*ぽては、もじゃの先輩猫です)


こうやって偲ぶ時は
心がほかほかするんですもの♪


これだったら頭さんも
ねぎらいのネタを探し始めるので
気持ちもほっこり(^^)b


お互いの魂の計画も
お互いの体験も
すべて尊重できるねぎらいの思考は、
心がとても穏やかになります。


これぞ本心が求めていること^^



--

参考記事

魂の計画をすべて尊重してあげたいんだ

ねぎらいのことば

--




切なくなったり
ほっこり思い出したり
時々しゅーん…としたりと。


いつももじゃのことを
考えているものですね〜(*^^*)




他にも
これらの思いとは別に。


「もっとこうしてればよかったな」という
後悔に似た気持ちになることもあります。


これは、別れた後だからこそ
気がつくものなのかもしれません。




その思いとは。


「その瞬間に「ある」ものを
もっともっと楽しめばよかったな」


ということ。




「もじゃがあったかい
生きてる
うれしい」


「お口くちゃくて体きつくて大変だね
でもありがとう
がんばってくれて」


「もうすぐお別れだけど
今こうして触れ合うことができて
とってもしあわせ」


そういって


目の前にある幸せを


もじゃのぬくもりを


もっともっともっともっと
愛でればよかったな〜^^




「ごめんね」


「つらいね」


「がんばって」


よりも




「もじゃ かわいい」


「もじゃ いいこ」


「もじゃ 大好き」


「もじゃと一緒で楽しい」


って、ただただ
よろこんでいたかった^^




介護中はほんと
それ以外のものばかりを見ていたから。


過去を悔やんで


未来を怯え悲しんで


変わり果てた姿を
過去と比べて不憫に思ったり
自分を責めたり


今ここにある幸せ「以外」のものしか
見ていなかった。。


目の前にある奇跡を
ちゃんと見てなかった。。。。





もじゃの命が
もういよいよ終わりが近づいてきた時。


私はようやく
思い詰めることを
やめることができました。


やっとその頃になって
この瞬間を愛おしもうって思えたのです。


けれど、
そんなしみじみとあったかい時間は
ほんのほんのわずか、でした。


今思うと
もったいなかったなあって
素直に思えます。


やさしい気持ちの後悔も
あるんですね〜^^





死がすぐそこにやってきているのなら。


死なないで!とすがったり
がんばって闘ったり
様々な選択肢があって
どれもとても尊いものです。


私は今回。


「だいじょうぶよ」と
笑顔で旅支度につきあってあげる


そんな選択肢もあるということを
知ることができました。




いつか。


ぽてが、この世の旅を終える時は。


目の前のぽての存在を。


残り少ない命の灯火でさえも。


「うれしい」


「ありがたい」


って
ニコニコしててあげたいなと思っています^^




まあ、その時になったら
また同じようなしんどい背負い方をするかもだけど。笑


すっごくありえるんだけど。笑





でもでも。


今は。


「もっと目の前のことを慈しめばよかった」


ってやさしい思いで振り返ることができるから。


もじゃがそれを教えてくれたから。


いつの日か訪れる別れの準備の時は。


その選択肢を
きっと思い出そうと思うのです。




そして。


もじゃが私にそうしてくれたように。


大丈夫よ
何も心配要らないよ

とニコニコしながら
伝え続けてあげたいのです。



--

関連記事

* もじゃが教えてくれたこと

悪い事はひとつも起きてないよ

ごめんね、上手にできなくて

--




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  1. 別れの心得
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たとえ制限だらけだとしても :: 2017/11/14(Tue)

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Photo by hiyoko



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もじゃの介護が始まった途端。


私の生活は
制限だらけの日々になりました。





一日の時間のほとんどを
もじゃのために費やしました。


私は器用ではないから。


上手に気持ちを切り替えることが
全くできませんでした。


もじゃを失うのが
ほんとうに怖くて。


だから常に不安で
張り詰めていて。


そんな状態で
全エネルギーをもじゃに注ぐものだから。


もう、へっとへとのくったくた〜!でした(*_*;)





時間が全然足りなかった。


心の余裕も、当然なかった。


お金もどんどん出ていって
マイナスになって。


つらいことばっかり。。。。





なによりもつらくて。


切なくて切なくて
たまらなかったのが。


目に見えて
もじゃの命の時間が
少なくなっていくことでした。


必死でがんばっても。


何をやっても。


どんなに祈っても。


終わりの時は刻々と近づいてきて。


一秒一秒が
絶望でしかなかったのです。。。。





介護に明け暮れ
世間とはかけ離れた生活をしていると。


外の世界が
まぶしく見えたものでした。


だのに、私は。


制限だらけになってしまった。。。


そんな明るい世界とは
すっかり無縁になってしまった。。。。。







スピリチュアルや自己啓発の世界では
よくこんな問いかけをします。


『何も制限がなかったとしたら、
あなたは何を叶えたいですか?』と。


以前の私はこの問いに
ワクワクと色んなことを
イメージしたものでした。


そのワクワクの波動が
素晴らしい結果を引き寄せるということも
よく知っていました。




だけど、その頃の私にとっては。


この問いかけは
自分を救う手だてにならないどころか
かえって苦しくさせるものでしかありませんでした。


だって私は実際に
制限しかない世界にいるんだもの、って。


ああ…
私の現実は制限ばかりだ…


切なくて苦しくて
希望の光すら見えない。


ほんと制限しかないもんな…と
力なくつぶやくことしかできませんでした。





それからしばらくして。


ふとまた
例の問いかけが頭に浮かびました。


『何も制限がなかったとしたら、
何を叶えたい?』


「ふん。制限がなかったらって、、、、
だから!制限だらけだっちゅうねん!ヽ(`Д´)ノ 」笑


じゃあ、もうこの際
反対の質問をしたろうじゃないのヾ(*`ェ´*)ノ


『今の制限しかない状況で
それでも私のやりたいことは何?』




「制限だらけで、それでもやりたいこと、、、、?」




私は、


私は、、、、


時間もない
気持ちの余裕もない
お金もない
希望もない
そんな何もかもがない状況であっても


「それでも私は、もじゃを大切にしたい!」


たとえ制限しかなくても。


望みは叶わないと分かっていても。


やったことが報われないと分かっていても。


「私はもじゃを愛し抜きたい」


「もじゃが少しでも
体が楽でいられるようにしてあげたい」




それに気がついた時。


涙がぽろぽろぽろぽろこぼれました。




私は、こんなに困難な状況でも、
叶えていることがあると知ったのです。


もじゃを愛することが
ちゃんとちゃんとできている、と^^




私には制限しかなかった。


それでも
愛することができてた^^


実際にはもう
これしかできなかったわけだけど。


でも、
一番大事なことを
ひたすらやってきていたことを知れた時、
自分の中に宿る力を思い出したのです^^







あなたが、
介護という心理的にも肉体的にも過酷な状況で
くたくたに疲れて。


うまくいかないことばかりで
望むようにはならない中で。


制限だらけと絶望していたとしても。


それでも。


あなたはそれをやっている^^


たくさんたくさん葛藤して、
自分のことを忘れてまで
だれかのために尽くしている。


そんな自分の愛の深さに
ちゃんと気づいていますか?^^




うまくやれない自分を責めるよりも。


うまくやれないのに
それでもやる自分はなんて素敵なんだろう!って
にっこり笑ってくださいな^^


力がじんわり湧いてくるから(^^)b




あなたは。


そんなにも愛することができているのだから
もうそれだけで十分(^^)b


やるべきことや
思うようにいかないことで
自分を追い詰めるのをやめて。


私にはこんなにも
だれかを大切に思う心がある♪って
誇りに思いましょう^^


それから。


あなたの負担を軽くするために
だれかの力も借りましょうね。


素敵なあなたを助けたい人が
ちゃんと周りにいるはずだから(^^)b







今日もどこかでがんばっているあなたが。


いつかきっと私と同じように
こんなにも愛することができたって
涙を浮かべてほほえむ日が来ることを。


私は心から信じています^^







〜 ぜひこちらも読んでね♪ 〜

* 介護する方もされる方も、気持ちは同じ。その気づきに涙があふれます^^

そばにいてくれるだけで、十分なのだからね




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